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2012-12-26 ニュース
第二次安倍内閣の閣僚名簿を発表危機突破内閣で“日本を、取り戻す”26日に行われた衆参本会議において、安倍晋三総裁が第96代内閣総理大臣に選出されました。再登板した…

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2012-12-26 ニュース
会見年月日:平成24年12月19日会見場所:宮殿 石橋の間天皇陛下お誕生日に際し(平成24年)宮内記者会代表質問問1 東日本大震災から約1年9か月がたちましたが,復興への…

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2012-12-25 ニュース
http://www.mhlw.go.jp/topics/yunyu/other/2012/dl/121206-01.pdf食安輸発1 2 0 6 第4 号平成2 4 年1 2 月6 日各検疫所長殿医薬食品局食品安全部監視安全課輸入食品安…

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2012-12-19 ニュース
不法滞在者:チャーター機で一気に強制送還へ 法務省方針http://mainichi.jp/select/news/20121219k0000m040126000c.html 不法滞在者の強制送還を効率化するため、法務…

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2012-12-18 ニュース
ワシントン駐在編集特別委員・古森義久http://sankei.jp.msn.com/world/news/121218/amr12121803080002-n1.htm 「安倍政権誕生となると、北京の論客たちはあらゆる機会…

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第二次安倍内閣の閣僚名簿を発表

第二次安倍内閣の閣僚名簿を発表
危機突破内閣で“日本を、取り戻す”


26日に行われた衆参本会議において、安倍晋三総裁が第96代内閣総理大臣に選出されました。再登板した総理大臣は、現行憲法下では昭和23年10月の吉田茂元総理以来、2人目となります。
安倍総理は、首班指名後、直ちに組閣に着手、新しく内閣官房長官に就任した菅義偉氏が第二次安倍内閣の閣僚名簿を発表しました。
各分野の政策に精通した議員を据え、日本の危機を突破していく本格的な内閣となっています。 閣僚名簿は、下記のとおりです。

【第二次安倍晋三内閣】
内閣総理大臣 安倍 晋三

副総理 財務大臣 麻生 太郎
<内閣府特命担当大臣(金融) デフレ脱却・円高対策担当>

総務大臣 新藤 義孝
<内閣府特命担当大臣(地方分権改革) 地域活性化担当 道州制担当>

法務大臣 谷垣 禎一

外務大臣 岸田 文雄

文部科学大臣 下村 博文
<教育再生担当>

厚生労働大臣 田村 憲久

農林水産大臣 林 芳正

経済産業大臣 茂木 敏充
<内閣府特命担当大臣(原子力損害賠償支援機構) 原子力経済被害担当 産業競争力担当>

国土交通大臣 太田 昭宏(公明党)

環境大臣 石原 伸晃
<内閣府特命担当大臣(原子力防災)>

防衛大臣 小野寺 五典

内閣官房長官 菅 義偉
<国家安全保障強化担当>

復興大臣 根本 匠
<福島原発事故再生総括担当>

国家公安委員会委員長 拉致問題担当 古屋 圭司
<国土強靭化担当 内閣府特命担当大臣(防災)>

内閣府特命担当大臣(沖縄及び北方対策 科学技術政策 宇宙政策) 山本 一太
<情報通信技術(IT)政策担当 海洋政策・領土問題担当>

女性活力・子育て支援担当 森 まさこ
<内閣府特命担当大臣(消費者及び食品安全 少子化対策 男女共同参画)>

経済再生担当 甘利 明
<社会保障・税一体改革担当 内閣府特命担当大臣(経済財政政策)>

行政改革担当 稲田 朋美
<公務員制度改革担当 クールジャパン戦略担当 再チャレンジ担当 内閣府特命担当大臣(規制改革)>

内閣官房副長官 加藤 勝信

内閣官房副長官 世耕 弘成

内閣官房副長官 杉田 和博

内閣官房副長官 山本 庸幸


自民党HP 大臣・副大臣・政務官
 
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天皇陛下お誕生日に際し  平成24年12月19日

会見年月日:平成24年12月19日

会見場所:宮殿 石橋の間

天皇陛下お誕生日に際し(平成24年)


宮内記者会代表質問

問1 東日本大震災から約1年9か月がたちましたが,復興への道のりは険しく,古里に帰れない被災者が今も多いのが実情です。一方で,国民を勇気づけるような明るいニュースもありました。皇室では,皇太子ご夫妻の長女・愛子さまがご両親の付き添いなしで小学校に通われるようになり,秋篠宮家ではお子さま方が留学や進学準備を迎えるなど節目の年となりました。この1年を振り返り,社会情勢やご公務,ご家族との交流などで印象に残った出来事をお聞かせください。
天皇陛下

今年は2月に心臓の手術を受け,多くの人々に心配を掛けました。誕生日に当たり,当時記帳に訪れてくれた人々を始め,今も私の健康を気遣ってくれている多くの人々に対し,感謝の気持ちを伝えたく思います。

東日本大震災から1年9か月がたち,被災地に再び厳しい冬が巡ってきています。放射能汚染によりかつて住んでいた所に戻れない人々,雪の積もる仮設住宅で2度目の冬を過ごさなければならない人々など,被災者のことが深く案じられます。震災時の死者行方不明者数は1万8千人余と報じられましたが,その後,2千人以上の震災関連の死者が生じたため,犠牲者は2万人を超えました。地震や津波を生き抜いた人々が,厳しい生活環境下,医療などが十分に行き届かない状況の中で亡くなったことは誠にいたわしいことと感じています。また,被災地の復興には放射能汚染の除去や,人体に有害な影響を与える石綿が含まれるがれきの撤去など,危険と向き合った作業が行われなければならず,作業に携わる人々の健康が心配です。放射能汚染の除去の様子は福島県の川内村で見ましたが,屋根に上がって汚染を水流で除去するなど,十分に気を付けないと事故が起こり得る作業のように思いました。安全に作業が進められるよう切に願っています。

社会の問題として心配されることは,高齢化が進んでいることであります。特に都市から離れた地方では大変深刻な問題になっていると思います。平成23年度の冬期の雪による死者は130人以上に達し,多くが除雪作業中の高齢者でした。私自身近年山道を歩く時,転びやすくなっていることを感じているので,高齢者が雪国で安全に住めるような状況が作られていくことを切に願っています。若い時には高齢のため転びやすくなることなど考えてもみませんでした。

1年を振り返ると様々なことがあった年でした。明るいニュースとしてはロンドンオリンピック,ロンドンパラリンピックでの日本選手の活躍が挙げられます。ロンドンオリンピックで日本が獲得したメダル数は,これまでのオリンピックの中で最多でした。また,ロンドンパラリンピックでは,車いすテニスの国枝選手がシングルスで北京大会に続いて2連覇を達成するなど,日本の選手は様々な分野で活躍しました。金メダルをとったゴールボールの試合も映像で楽しく見ました。研ぎ澄まされた感覚でボールを防ぐ姿には深い感動を覚えました。脊髄損傷者の治療として英国で始められた身体障害者スポーツが,今日ではすっかりスポーツとして認められるようになったことに感慨を覚えます。

山中伸弥教授のノーベル医学生理学賞受賞も誠にうれしいニュースでした。特に再生医療に結び付く大きな成果は,今後多くの人々に幸せをもたらすものとなることと期待しています。

今年は英国女王陛下の即位60周年に当たり,御招待を受け,私も皇后と共にその行事に出席いたしました。この行事には,各国の君主が招待されましたが,戴冠式とこの度の60周年のお祝いに重ねて出席できたのはベルギーの国王陛下と私の二人で,戴冠式の時は18歳と19歳でした。若くして臨んだ戴冠式での様々な経験が懐かしく思い起こされます。

問2 陛下は今年2月,心臓の冠動脈バイパス手術を受けられました。現在のご体調はいかがでしょうか。最初に心臓のご病気をお知りになった時,手術をお受けになると決められた時,無事に手術を終えられた時の心境と,今後の体調管理で留意されている事柄についてお聞かせください。退院後も胸に水がたまるなど陛下に治療が続いた時も,ずっと支えられた皇后さまをはじめ,ご家族とのエピソードについてもお聞かせください。
天皇陛下

手術の後はその影響があり,テニスをしても走って球を打つという何でもない動作がうまくいきませんでしたが,最近は以前のように球を打てるようになったような気がしています。リハビリテーションというものが実に重要なものだと感じています。農業や漁業で体を動かして仕事をしている高齢者が被災生活で体を動かさなくなった時に体を壊すという話が実感されました。心臓の病気は検査で知りました。手術を受けることを決めたのは,心筋梗塞の危険を指摘されたからでした。時期については,東日本大震災一周年追悼式に出席したいという希望をお話しし,それに間に合うように手術を行っていただきました。手術が成功したことを聞いた時は本当にうれしく感じました。執刀をされた天野順天堂大学教授を始め,この手術に携わった関係者に深く感謝しています。体調管理としては筋力を衰えないようにすることが大事だと考え,これまでどおり早朝の散歩を続けるほか,できるだけ体を使う運動に努めています。入院中,皇后は毎日病院に見舞いに来てくれ,本当に心強く,慰めになりました。手術後のリハビリテーションの一環として病室の近くの廊下を一緒に歩く時にはいろいろな音楽をかけてくれ,自分も楽しそうに歩いていました。家族の皆がそれぞれに心を遣ってくれていることを,うれしく思っています。

問3 陛下は心臓手術後も以前と変わらないペースで公務に取り組まれていますが,来年80歳となられるのを機に一層のご負担軽減が必要との指摘があるほか,一定の年齢に達すれば,陛下には国事行為に専念,あるいは国事行為と最小限の公的行為だけなさっていただき,それ以外は皇族方が分担するという考え方を取り入れるべきとの意見も出ています。現行制度のままでは陛下のご活動をお支えする皇族方が減ってしまう現状の下で,今後のご公務に関する皇族方との役割分担についてどのようにお考えでしょうか。
天皇陛下

天皇の務めには日本国憲法によって定められた国事行為のほかに,天皇の象徴という立場から見て,公的に関わることがふさわしいと考えられる象徴的な行為という務めがあると考えられます。毎年出席している全国植樹祭や日本学士院授賞式などがそれに当たります。いずれも昭和天皇は80歳を越しても続けていらっしゃいました。負担の軽減は,公的行事の場合,公平の原則を踏まえてしなければならないので,十分に考えてしなくてはいけません。今のところしばらくはこのままでいきたいと考えています。私が病気になったときには,昨年のように皇太子と秋篠宮が代わりを務めてくれますから,その点は何も心配はなく,心強く思っています。

関連質問

問 陛下は皇后さまと共に11月に沖縄県を訪問されました。皇太子御夫妻の時代から数えると9回目となります。今回,8年ぶりに沖縄県に行かれた御感想,また,特に印象に残ったことをお聞かせいただけますでしょうか。
天皇陛下

8年ぶりに沖縄県を訪問したわけですけれども,今度行きました所は,今までに行ったことのない所が含まれています。沖縄科学技術大学院大学ですね,恩納村には行きましたけれどもそこは行きませんでしたし,万座毛も初めてでした。それから久米島がやはり初めての所です。戦没者墓苑は,これは毎回お参りすることにしています。そのようなわけで,毎回お参りしている所と新しい所があって,沖縄に対する理解が更に深まったように思っています。万座毛という所は,歴史的にも琉歌で歌われたりしていまして,そこを訪問できたことは印象に残ることでした。殊に恩納岳もよく見えましたね。久米島の深層水研究所も久米島としては水産上,重要な所ではないかと思っています。多くの沖縄の人々に迎えられたことも心に残ることでした。沖縄は,いろいろな問題で苦労が多いことと察しています。その苦労があるだけに日本全体の人が,皆で沖縄の人々の苦労をしている面を考えていくということが大事ではないかと思っています。地上戦であれだけ大勢の人々が亡くなったことはほかの地域ではないわけです。そのことなども,段々時がたつと忘れられていくということが心配されます。やはり,これまでの戦争で沖縄の人々の被った災難というものは,日本人全体で分かち合うということが大切ではないかと思っています。


この1年のご動静

天皇陛下には,本日,満79歳のお誕生日をお迎えになりました。

陛下は,昨年2月に冠動脈造影検査により冠動脈狭窄(きょうさく)が認められたため,その後,薬剤ご内服による治療をお受けになっていましたが,それまでのご生活の維持と更なる向上を目指して,今年2月に東京大学医学部附属病院に入院され,約4時間に及ぶ冠動脈バイパス手術をお受けになりました。ご手術後もしばらくは胸水が溜(た)まる症状がおありでしたが,リハビリテーションをお続けになる中で少しずつご体調を回復されました。陛下のこの1年は,東日本大震災の被災者やその復興状況に絶えずお心を寄せつつ,ご病気の克服とご体調の回復にお努めになる中で,可能な限りお務めを果たされた1年でありました。

昨年の東日本大震災から1年を迎えた今年3月,陛下は,ご退院1週間後に開催された東日本大震災一周年追悼式に皇后さまと共にご臨席になりました。また,今年5月に宮城県仙台市で開催された日本学術会議共催による国際会議の開会式に臨席された折に同市の応急仮設住宅を訪問されたほか,7月には東日本大震災の翌日に発生した長野県北部地震により甚大な被害を受けた長野県栄村を訪問されました。さらに,10月には福島県川内村と田村市を訪問され,川内村で放射能除染作業をご視察になったほか,皇后さまと共にそれぞれの地の被災者を見舞われ,支援者をお労(ねぎら)いになりました。その前後に関係者から6回にわたり復興状況,支援活動や放射能除染活動状況等についての説明をお聴きになりましたが,東日本大震災に関してご説明をお受けになった回数は通算で39回となりました。

陛下は,ご手術によるご入院のため2月17日から4月10日までの間,皇太子殿下に国事行為を委任されましたが,この期間を除くほぼ毎週2回,国事行為として,内閣から上奏のあった725件の書類にご署名やご押印をされました。また,儀式や行事として,国務大臣始め101名の認証官任命式,新任外国大使34名の信任状捧呈式,勲章親授式(大綬章,文化勲章)及び勲章受章者の拝謁などに臨まれました。授賞式や記念式典には18回ご臨席になりました。御所や宮殿では文化勲章受章者及び文化功労者,日本学士院会員,日本芸術院会員,新認定重要無形文化財保持者,青年海外協力隊帰国隊員の代表,シニア海外ボランティア及び日系社会(青年・シニア)ボランティアの代表,国際交流基金賞受賞者,ロンドンオリンピック及び同パラリンピック入賞選手等にお会いになり,その労をねぎらい励まされました。その回数は28回を数えました。各省庁の事務次官,日本銀行総裁,外務省総合外交政策局長等からのご進講は12回お受けになりました。このほか,行幸啓や行事に関するご説明は36回に及び,新嘗祭の献穀者や勤労奉仕団として皇居に来られた方々には55回お会いになりました。

外国との関係については,両陛下は5月16日から20日まで英国を訪問され,女王陛下ご即位60周年記念午餐会並びにチャールズ皇太子殿下及びコーンウォール公爵夫人主催の晩餐会に出席されました。現地では,東日本大震災支援に携わった英国の日本関係者を招いてお会いになり,協力への感謝をお伝えになりました。国賓の接遇としては,今年3月にクウェート国首長殿下とご会見(ご退院後間がなかったことから,歓迎行事と宮中晩餐は皇太子殿下が御名代としてお務めになりました)になったほか,10月にはマレーシア国国王陛下及び王妃陛下のご来日を歓迎され,ご会見,宮中晩餐を催されました。また,バーレーン国国王陛下,ペルー国及びスロバキア国の大統領閣下及び同令夫人を公式実務訪問賓客としてお迎えしてご会見,午餐を催されました。パラグアイ国大統領閣下,アルメニア国大統領閣下,アフガニスタン国大統領閣下,ザンビア国大統領閣下及び同令夫人,リベリア国大統領閣下,パナマ国大統領閣下及び同令夫人,ハイチ国大統領閣下及び同令夫人とご会見になったほか,マレーシア国上院議長夫妻,英国首相,ロシア国モスクワ・全ルーシ総主教,ノルウェー国首相夫妻,ベトナム国国会議長をご引見になりました。さらに,シンガポール国前首相府内閣顧問,スウェーデン国国王陛下及び王妃陛下,ベルギー国皇太子同妃両殿下を御所でのご夕餐に,リヒテンシュタイン国皇太子殿下,ダニエル・イノウエ米国連邦議会上院仮議長夫妻,スペインのサラマンカ大学学長を御所でのお茶に,第4回日本・メコン地域諸国首脳会議に出席する各国首脳等5名,第6回太平洋・島サミット首脳会議に出席する各国首脳夫妻等23名を宮殿での茶会にお招きになりました。

在京の外交団との関係では,この1年間に着任後間もない32か国の大使夫妻をお茶に,着任後3年経過した20か国の大使夫妻を午餐にお招きになり,離任する13か国の大使夫妻にご引見を賜りました。日本から赴任する50か国の大使夫妻にも出発前にお会いになり,帰国した63か国の大使夫妻をお茶に招いて任地の話をお聴きになりました。

この1年の両陛下の公的な地方行幸啓は,9府県(宮城県,山口県,長野県,新潟県,岐阜県,山梨県,福島県,沖縄県,京都府)15市,2町,3村に及び,岐阜県には2回お出ましになりました。前述した東日本大震災関連の行幸啓以外では,全国植樹祭(山口県),国民体育大会(岐阜県)及び全国豊かな海づくり大会(沖縄県)へのご臨席,恩賜林「武田の杜保健休養林」ご視察(山梨県),明治天皇百年式年に当たり明治天皇陵及び昭憲皇太后陵ご参拝(京都府)にお出ましになり,その折に併せて地方事情を視察されました。このうち,8年ぶり9回目のご訪問となった沖縄県では,ご到着の日に沖縄平和祈念堂で拝礼された後,同所で,ひめゆり学徒隊と同じく看護要員として活躍し犠牲となった沖縄県立第二高等女学校学徒隊を慰霊する白梅之塔の関係者と懇談され,慰霊の花束を託されました。国立沖縄戦没者墓苑では供花,拝礼された後,ご遺族始め関係者を労(ねぎら)われました。両陛下は,沖縄県を訪問されたときは毎回必ず行幸啓の初日に戦争犠牲者の慰霊施設(沖縄平和祈念堂及び国立沖縄戦没者墓苑は,最初2回のご訪問時には建立されていませんでした)をお訪ねになっています。今回の行幸啓では初めて久米島まで足を伸ばされました。山梨県への行幸啓は,当初は昨年11月に予定されましたが,御不例のため恩賜林御下賜100周年記念大会には皇太子殿下を差し遣わされ,今年10月に改めて恩賜林「武田の杜保健休養林」をご視察になりました。また,岐阜県については,9月末の国民体育大会への行幸啓の折に非常に強い台風17号が接近し,関係者がその備えに専念できるようにとの両陛下のお考えから,やむなく大垣市ご訪問のご日程をお取りやめになりましたが,12月の京都府行幸啓のお還(かえ)りにお立ち寄りになりました。

都内及び近郊への公的なお出ましは41回を数えましたが,国会開会式,全国戦没者追悼式,恒例となっている日本国際賞,日本芸術院賞,日本学士院賞等の授賞式や各種周年記念式典等へのご臨席のほか,国際幹細胞学会10周年記念セレモニーへのご臨席(神奈川県),企業や敬老の日にちなむ施設へのご訪問(埼玉県)などでありました。

御用邸へは,皇后さまとおそろいで葉山御用邸に3回,那須御用邸に1回お出ましになりました。那須町では例年どおり農家を訪問されたほか,陛下のお考えを踏まえてご即位20年の機会に宮内庁から環境省に移管された御用邸用地の利用状況等をご視察になるため,昨年の「那須平成の森」フィールドセンターへのお立ち寄りに続き,今年は那須高原ビジターセンターをご覧になりました。8月下旬は,軽井沢,草津でお過ごしになりました。

宮中祭祀については,明治天皇百年式年祭など17回の祭典にお出ましになりました。天長祭の儀,大正天皇例祭の儀,歳旦祭の儀,祈年祭の儀,春季皇霊祭の儀・春季神殿祭の儀,神武天皇祭の儀はご不例によりご欠席になり,掌典長及び掌典次長によるご代拝となりました。また,今年の新嘗祭は,「夕の儀」,「暁の儀」ともにお出ましの時間を短縮され,儀式の半ばより出御されました。

今年6月6日にェ仁親王殿下が薨(こう)去され,両陛下はお悲しみのうちに5日間の喪を服され,ご遺族と悲しみを共にされました。薨(こう)去の直後4回にわたりェ仁親王邸を訪問されたほか,斂葬の儀及び百日祭の儀の後に拝礼のため豊島岡墓地に行幸啓になりました。また,憲仁親王十年式年に当たり,高円宮御墓所を参拝されました。

ご研究については,陛下は「日本産魚類検索−全種の同定」の第一版(平成5年)からハゼ類の項目に関わってこられましたが,今年も昨年同様に第三版の改訂作業が行われており,皇居内の生物学研究所で編集者である京都大学教授及び生物学研究所の職員らを交えてハゼの分類に関するご検討を行っているほか,御所では顕微鏡による観察研究をされています。国立科学博物館本館で開催された魚類分類研究会には2回ご出席になりました。

また,平成20年に国立科学博物館研究報告として論文「皇居におけるタヌキの食性とその季節変動」を共同執筆されましたが,その後も皇居に棲(せい)息するタヌキの食性についてのご研究を継続されています。

陛下は今年も例年どおり,皇居内生物学研究所の田で種籾(たねもみ)のお手まき,お田植えをなさり,お手刈りをなさいました。また,陸稲と粟(あわ)をお子様及びお孫様方とご一緒に種をまかれ,刈り取られました。粟(あわ)は新嘗祭の折にお手刈りになった水稲とともにその一部をお供えになりました。また,神嘗祭に際しては,お手植えになった根付きの稲を神宮にお供えになりました。

陛下は,今年2月17日に東京大学医学部附属病院に入院され,翌日18日に冠動脈バイパス手術をお受けになりました。ご手術は予定どおりに進み,術中の出血もほとんどなく,術後の麻酔からのお目覚めも順調でした。ご手術後は胸水が溜(た)まるなどのご症状がおありでしたが,3月4日にご退院になりました。皇后さまは,陛下のご入院中は病院にほぼ隔日お泊まりになりながら,毎日病院に通われて陛下にお付き添いになりました。陛下のお見舞いのために皇居等に記帳に訪れた人は約10万人に上りました。陛下からは,手術の成功を願ってくれた多くの人々に感謝の気持ちを伝えるようにとのご指示がありました。

ご退院後しばらくの間はご回復が思うように進まず,3月に2度にわたり穿刺(せんし)による胸水の排液が行われました。ご運動を通じてのリハビリテーションにより少しずつご体調を回復され,10月中旬には胸水の量はごく僅かに認められる程度に減りました。陛下は,皇后さまとご一緒に毎朝のご散策と定期的なご運動を続けられていますが,夏前頃からは短時間ながらテニスを再開されました。陛下のご運動は,術後のリハビリテーションのために,また,前立腺がんの再発予防としてのホルモン療法による副作用を防止するためにとても大事なことになっています。

陛下は,来年,満80歳の傘寿を迎えられます。

お時間がおありのときは,魚類等の研究をなされるほか,読書をされたり,チェロを弾かれたりしています。いつまでもお元気でお過ごしいただくためには,ご健康面で細心のお支えをするとともに,お年にふさわしいお過ごしをしていただけるよう配慮していくことが大切になっています。

12月23日のお誕生日当日は,午前中は御所で侍従職職員から祝賀をお受けになった後,宮殿で皇族方を始め宮内庁職員等による祝賀を5回にわたりお受けになります。また,この間に3回にわたり長和殿ベランダに立たれて国民の参賀にお応えになります。午後からは内閣総理大臣,参議院議長,最高裁判所長官の祝賀をお受けになった後,皇族方もお加わりになって,三権の長,閣僚,各界の代表等との祝宴に臨まれます。その後,外交団を招かれての茶会,元側近奉仕者等との茶会,次いでご進講者等との茶会に臨まれます。夕刻には敬宮さま始め未成年の内親王,親王殿下方のご挨拶をお受けになり,夜にはお子様方ご夫妻とお祝御膳を囲まれます。
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ノロウィルスによる食中毒 下記製造者によるキムチが原因

http://www.mhlw.go.jp/topics/yunyu/other/2012/dl/121206-01.pdf


食安輸発1 2 0 6 第4 号
平成2 4 年1 2 月6 日
各検疫所長殿
医薬食品局食品安全部監視安全課
輸入食品安全対策室長
( 公印省略)
韓国産食品の取扱いについて
今般、韓国国内において、ノロウィルスによる食中毒が発生し、韓国食品医薬
品安全庁が調査した結果、下記製造者によるキムチが原因であることが判明し、
当該製造者が製造した食品について回収を行っているとの情報を入手しました。
つきましては、下記製造者が当該期間に製造した韓国産食品の輸入届出がなさ
れた場合には、輸入者に対し、積み戻しを行うよう指導願います。

製造者:SEO-ANDONG NONGHYUP PUNGSAN KIMCHI FACTORY
(西安東農協・豊山キムチ工場)
製造年月日:平成24年11月9日〜同年12月4日
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不法滞在者:チャーター機で一気に強制送還へ 法務省方針





不法滞在者:チャーター機で一気に強制送還へ 法務省方針
http://mainichi.jp/select/news/20121219k0000m040126000c.html




 不法滞在者の強制送還を効率化するため、法務省は、一度に多数を帰国させられる専用チャーター機の活用方針を固めた。一般客も乗り合わせる航空機で対象者を1人ずつ送り出す現在の方法より、費用と安全の両面で利点があるとしている。同省は来年度予算の概算要求で関連費用約3000万円を計上。予算が通れば、年間150人程度にとどまっていた送還拒否者の帰国人数を350人程度に増やせるという。

 不法滞在者には、同省が「退去強制令書」を出した上、原則として入管施設に収容し、飛行機などで母国へ帰国させている。昨年1年間で退去強制令書が出された不法滞在者は9348人で、国別では中国3103人、フィリピン1681人、韓国1172人の順。しかし、送還を拒んだり、難民認定手続きをして収容が長期化するなどし、仮に収容を解かれているケースはこの5年で約3倍に増え、10月末現在で約2500人に上る。

 送還費用(航空券代)は原則自己負担だが、送還拒否者は帰国する意思がないため、国費を充てざるを得ない。また、機内で不測の事態が起きないよう付き添う2〜5人の入国警備官の航空券代も必要となる。現在の方法では送還拒否者が出発前の機内で大声を出すなどして航空会社から搭乗を拒否され送還が中止となることもあり、多い年は10件程度もあったという。
 ◇費用3割に抑制

 こうした事情から、同省はチャーター機で帰国先が同じ100人程度を一度に帰国させる方法を検討し、コストを試算。送還対象者1人当たりの費用は、最大で現在の約3割に抑えられることが分かった。

 同省幹部は「チャーター機の活用は欧米では一般的。コスト、安全の両面で一石二鳥の方法」と話している。【伊藤一郎】
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「右傾化」批判の誤り アメリカ イケル・グリーン氏 ブルース・クリングナー氏

ワシントン駐在編集特別委員・古森義久

http://sankei.jp.msn.com/world/news/121218/amr12121803080002-n1.htm

 「安倍政権誕生となると、北京の論客たちはあらゆる機会をとらえて『日本はいまや右傾化する危険な国家だ』と非難し続けるでしょう。しかし『右傾化』というのが防衛費を増し、米国とのより有効な防衛協力の障害となる集団的自衛権禁止のような旧態の規制を排することを意味するのなら、私たちは大賛成です」

 ブッシュ前政権の国家安全保障会議でアジア上級部長を務めたマイケル・グリーン氏が淡々と語った。日本の衆院選の5日ほど前、ワシントンの大手研究機関、ヘリテージ財団が開いた日韓両国の選挙を評価する討論会だった。日本については自民党の勝利が確実ということで安倍政権の再登場が前提となっていた。

 CIAでの長年の朝鮮半島アナリストを経て、現在は同財団の北東アジア専門の上級研究員であるブルース・クリングナー氏も、「右傾」の虚構を指摘するのだった。

 「日本が右に動くとすれば、長年の徹底した消極平和主義、安全保障への無関心や不関与という極端な左の立場を離れ、真ん中へ向かおうとしているだけです。中国の攻撃的な行動への日本の毅然(きぜん)とした対応は米側としてなんの心配もありません」

 確かに「右傾」というのはいかがわしい用語である。正確な定義は不明なまま、軍国主義や民族主義、独裁志向をにじませる情緒的なレッテル言葉だともいえよう。そもそも右とか左とは政治イデオロギーでの右翼や左翼を指し、共産主義や社会主義が左の、反共や保守独裁が右の極とされてきた。

 日本や米国の一部、そして中国からいま自民党の安倍晋三総裁にぶつけられる「右傾」という言葉は、まず国の防衛の強化や軍事力の効用の認知に対してだといえよう。だがちょっと待て、である。現在の世界で軍事力増強に持てる資源の最大限を注ぐ国は中国、そして北朝鮮だからだ。この両国とも共産主義を掲げる最左翼の独裁国家である。だから軍事増強は実は「左傾化」だろう。

 まして日本がいかに防衛努力を強めても核兵器や長距離ミサイルを多数、配備する中国とは次元が異なる。この点、グリーン氏はフィリピン外相が最近、中国の軍拡への抑止として日本が消極平和主義憲法を捨てて、「再軍備」を進めてほしいと言明したことを指摘して語った。

 「日本がアジア全体への軍事的脅威になるという中国の主張は他のアジア諸国では誰も信じないでしょう。東南アジア諸国はむしろ日本の軍事力増強を望んでいます」

 同氏は米国側にも言葉を向ける。

 「私はオバマ政権2期目の対日政策担当者が新しくなり、韓国の一部の声などに影響され、安倍政権に対し『右傾』への警告などを送ることを恐れています。それは大きなミスとなります。まず日本の対米信頼を崩します」

 グリーン氏は前の安倍政権時代の米側の動きをも論評した。

 「米側ではいわゆる慰安婦問題を機に左派のエリートやニューヨーク・タイムズ、ロサンゼルス・タイムズが安倍氏を『危険な右翼』としてたたきました。安倍氏の政府間レベルでの戦略的な貢献を認識せずに、でした。その『安倍たたき』は日本側で同氏をとにかく憎む朝日新聞の手法を一部、輸入した形でした。今後はその繰り返しは避けたいです」

 不当なレッテルに惑わされず、安倍政権の真価を日米同盟強化に資するべきだという主張だろう。(ワシントン駐在編集特別委員)
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